支援のお願い
 
お知らせ  
上映会情報
 
飯舘だより
 
DVD販売
 
自主上映会ガイド
 
 
リンク
 

home

 

10年間飯舘村のお母さんたちを追って

東京電力福島第一原発事故から10年経ちました。皆さまのご支援をいただき、2016年、映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」を完成することができました。誠にありがとうございました。映画は劇場上映を皮切りに、全国で自主上映が広がり、2017年には韓国やアメリカで上映され、海外にも広がりました。これもひとえに皆さまのご支援の賜物です。
第2作は飯舘村の酪農家のお母さんたちを中心にした物語です。2011年3月、大地震の後に津波が来て多くの命が失われました。12日からは福島第一原発の事故が発生し、多くの悲劇が生まれたのです。私は当初、宮城、岩手を回りました。被災地を回っている私に福島県の飯舘村が計画的避難区域に指定されたというニュースが飛び込みました。全村避難となり、追われていく住民の姿が、長年私が追い続けたパレスチナの難民の人たちの姿と重なったのです。
私は飯舘村に行くことを決めました。そこで出会ったのが、酪農家のお母さんたちでした。放射能汚染が懸念される飯舘村の牛たちはミルクを出荷することも、移動することも、牧草地の草を食べることも禁止されていました。会議が開かれ、酪農家たちは泣き泣き休業し、移動できない牛を屠畜することにしました。
 子どものように育てた牛たちを手放すときにお母さんたちが「ごめんね、ごめんね。ありがとう」と涙ながらに見送った姿は今でも忘れることができません。そのとき私はこのお母さんたちを追いかけよう、撮り続けようと決意しました。
私が出会ったある人は酪農を断念して仮設住宅の管理人として働き、ある人は牛にかける思いは人一倍強いのに悔しい思いで牛を手放し、またある人は牛をやめたら東電や国に負けたことになると牛飼いを続けています。どん底の思いをしながら、それぞれが悩み、苦しみ、ときには笑いながら生きる姿に励まされます。
 「飯舘村の母ちゃんたち」第2作では、帰村した人もしなかった人も、それぞれどういう人生を見つけ、生きているのか、彼女たちの日々の暮らしを通して飯舘村がどうなっていくのか? 原発事故は何をもたらしたのか? 見つめていきます。

飯舘のお母さんたちを追いかけて10年。私はこれまでいろいろな人たちの力を借りながら、撮影を続けてきました。映画を作るために車を出してくれた人、書き起こしを手伝ってくれた人、資金集めをしてくれている人、チラシを作ってくれている人。皆さんと力を合わせてこの映画を作っていきたいと思います。そしてこの映画を一人でも多くの方に観ていただきたいと思います。この作品を世に出すためにはさらに多くの方々の応援が必要です。
どうか皆さんの力をお貸しください!         

2021年3月

古居みずえ


避難解除はされたけど 帰りたくても帰れないよ  (2017年)

2017年3月31日は計画的避難区域に指定された福島県飯舘村の避難解除の日だった。村の出入り口には「お帰りなさい」と書かれた看板ができていた。この看板には多額のお金がかかっていると言う。さらに不思議なのは同じ出入り口付近に「おかげさまで封鎖解除です」と書かれたのぼりがたなびいていたことだ。何のおかげさまだと言うのだろう。
  ⇒続きを読む


応援してくださる皆さまへ   (2014年)

映画「飯舘村の母ちゃんたち」を応援してくださっている皆さま、どうもありがとうございます。
3.11が起こるまでの私は海外での取材が主で、日本での仕事をしたことがありませんでした。そして3年前、震災、原発事故が起こり、私はあまりの大きな出来事になすすべもなく、自分にできることは何かという思いで、3、4月は被災地を回りました。
4月の終わり、ニュースで、それまで名前も知らなかった福島県飯舘村という村が全村避難…  ⇒続きを読む


制作支援のため、皆さまのご協力をお願いいたします。

支援金のお振り込みは、クレジットカードまたは下記郵便振替口座へお願いします。

● 郵便振替口座
 00160−0−664342
口座名:「飯館村の母ちゃん」制作支援の会
   1口:3,000円(個人)
      10,000円(団体) 
  ※ 多数口大歓迎!


※ ゆうちょ銀行以外の銀行から振り込みをされる方は下記あてにお願いします。なお、その際はお手数ですが、下記メールアドレスまでご住所をお知らせください。
      ゆうちょ銀行 〇一九(ゼロイチキュウ)支店
      当座 0664342
      口座名 映画「飯舘村の母ちゃん」制作支援の会

  iitateka311★bb-unext01.jp ★を@に変えて送信してください。


 ← 戻る